ポーラとフェルカドは17の時に出会い 何故か結ばれた。
二人はそれ程相手に惚れていた訳ではなかった。
相手の乱暴を宥める様にしてそろり、そろりと年を重ね、油も切れてきた頃には良い夫婦となっていた。
ポーラとフェルカドには、切望していたにも拘らず子供が出来なかった。
ポーラの問題であるのか、フェルカドの問題であるのかは解らない。
二人が身を置く文化圏では、未だその判別法も解決法も確立されていなかったのだ。
医者や呪い師に教えられるままに様々な治療法を試みたが、子供はできなかった。
二人きりのまま20年間連れ添い、もう本当に出来ず終いの覚悟をした頃
ポーラは風変わりな張り紙を見かけた。
それは大陸を超え伝わってきた『外科的手法』の意見交換会で、最先端の技術の説明会も兼ねると言った。
藁にもすがる思いで、二人はその会に参加したのだった。

理解を深める為の会には、医師達と興味を持った者達が集まり
様々な外科手術の説明や意見を発表をした。
二人は彼らの話を良く聞いた。そして、自分達の抱える問題についても打ち明けた。
子供が出来ないことも、解決出来るようになるのか、と――
その場に居た者達は真摯に耳を傾けたが、はっきりと応えられる者はいなかった。

名乗り出たのは一人の学者だった。20代半ば頃の女性。
ポーラとフェルカドの前に膝を折り、力になりたい、と申し出たのだ。


+  +  +


ポーラとフェルカドは三日後、女の用意した馬車に揺られ彼女の研究室へと向かった。
道のりは長く、昼の旅立ちから、いつからかまどろみ、
たどり着いたのは明け方であった。
女は二人を揺り起こし、数枚の念書を見せ、
思ったような効果が得られないかもしれない、ということや
体を最優先に考えるため、数日の泊り込みや、
家事や仕事等体を動かすことへの制限をかけるかもしれない、ということ
に同意してほしい、と言った。二人はそれを承諾した。


やがて集落でよく見る、ごく一般的な一軒家が見えた。
変わっていると言えば堀の様に家の周囲が沼に囲まれている事位だった。
三人は沼のそばで馬車を降り、玄関までは小船にのった。

女の研究室は内装も研究室という雰囲気が無く、拍子抜けするほど普通の家であった。
レンガ造りで、パテで壁面に模様が描かれている。
キッチンがあり、暖炉があり、日が差し込み、窓からは湖が見えた。
家の中に入ると、女は二人を暖炉の傍に座らせ、
鍋を暖め、スープを振るまった。


+  +  +


次に目を覚ましたとき、フェルカドは激しい違和感を感じた。
丹念に積み重ねてきた何かの一部がある一瞬そぎ落とされたような
何かとりかえしのつかない出来事の後のような心細さが胸中犇いていた。
かきたてられ、違和感のままに、下腹部を撫でる。痛みは無い。むしろ、感覚がない。
確かに触っている感覚があるのだが、触られている感覚が無い。
ぎょっとした。
探るように触ると、『へこみ』があるのだ。
皮膚の『亀裂』『段差』…縫い合わせの痕。
なんだか急に世界が遠くに行ってしまったような、感じ
一体どういうことだと頭を白くしているとふいに悲鳴が聞こえ、フェルカドは我に返った。
ポーラの声だった。
ポーラはすぐ隣に寝ていた。瞳を不安気に潤ませ、フェルカドを見つめている。
二人は重ねられた毛布の上に横たわっていた。



「ねえ、これは一体どういうこと?」

「………」


ポーラの問いかけにフェルカドが答えられないでいると、
女の声が聞こえた、あ、とか、きゃあ、とかいうなんでもない感嘆の言葉だった。


「ひとまず上手くいったわ。
けれど無事ってだけね!排尿が上手くできるかも解らない。
でも心配しなくていいわ。人体なんて治しようはいくらでもあるのだもの!」

「な、に?」

「うまくいった、て」






女は事も無げに
ポーラの子宮をフェルカドに、
フェルカドの精巣をポーラに移した。
と言った。






二人は絶句した。
とりあえず何か言葉を発そう、としてもそれは言葉にならず、
うわごとのようにオロオロと鳴くだけたった。

ポーラは肘を折り、顔を伏せ、ゆっくりと気を失った。
フェルカドは呆然としていた。


+  +  +


再び目を覚めても、現実は何ら変わっていなかった。
フェルカドが幾分冷静さを取り戻し、恐怖を押し殺して自分の体を見直すと、
確かにあるはずのものが無くなっていた。
そして本当にあの女の言ったように、妻の生殖器が自分の体の中にあるのだとしたら、と考えると
激しい拒否感に襲われ、嘔吐した。

ゆっくりと足を床につく。
下半身は感覚が無かったが、動かないわけでは無かった。


だめよ、と静止の声が聞こえる



「歩いては駄目よ。麻酔が抜けなくてはうまく歩けないわ。
 転んでお腹を打ちでもしたら大変だわ」


ぞっとした。自分達を眺めながら、女がカップケーキを食べていた。傍らには自分が吐いたものもあるのに。
こんな状況を、当たり前の日常の一風景かのように振舞う姿に身の毛がよだった。
次いで
ささやく様な、殺してやる、と言う声が聞こえた。ポーラの声だった。



「なんてことをしてくれたの」

「あなた方の治療だわ。私にとっては実験だけれど、同じことだわ。望んで起きた出来事よ」

「こんなことをして許されると思っているの」

「なぜこれが許されないことなの?」

「人の、人の体を玩具にして――」

「まあ!怒ったの?ごめんなさい。そんなに怒ると思わなかった。
 好きなだけ叱って。私、配慮が足りないの。思慮の不足よ。痛みを解ってさしあげたいわ。
 だけど私達、同じ目標の為に力を合わせなくてはいけないから。
 無駄な消耗はよくないわ。怒るだけ怒ったら、きっと」







子供をつくるのよ。








ポーラは泣き出した。
フェルカドは咄嗟に暖炉の火かき棒を女目掛けて振りかぶった。
だが下半身に力が入らず、捻った体に引っ張られるようにして体制を崩し、転んだ。
女は無遠慮にフェルカドの顔面を手のひらで覆い、するりと撫でた。
噛み付こうと開いた口に、ぞわぞわと黒いものが入り込む。


「身体は大事にしてね」



+  +  +


フェルカドとポーラは手を握り、ただ、時が過ぎるのを待った。
救いを念じ、途切れ途切れに会話し、時折泣き出し、
女の出した食事を食べず、死を待った。
時折麻酔が切れる瞬間があった。
そうすると手術の所為なのか、下半身に激痛が走るのだった。
それはとても耐えられるものではなく、どちらかがそうなると
絶叫し、のた打ち回る相手を救ってやることが出来なかった。
悲鳴を聞きつけると、音もなく大男が現れ、麻酔を打って部屋から出て行く。
その大男は、いくら話しかけてもこちらの声が耳に入っていない様子だった。


女は兎に角二人に性行為を促した。
二人の肉体に虐待を加え、せっついたこともあった。
大男を指差し、彼の脳は退化させたのだと言うことも説明した。
あなた達を救いたいのだと言った。
出来るだけ両者の得になる様に考えている、と。
それでもどうにもならないなら、同じような施術をするしかないと。


+  +  +


ある日女は二人が互いに よく言えば励ましあう、
普通に言えば強い合うからいけないのだと言い、二人を別々の牢に閉じ込めた。


別々の牢に閉じ込めて数日、それぞれに
そういえば相手は耐えかねて食事をとった、と言う様なことを言うと、
二人共が物を食べるようになったのだった。

そして暫く決して会話を成立させず、何を話しかけられても聞こえていないフリをした。
そしてたまに、取引についてのみ言葉を投げかけた。



女は二人に性行為を行うことを硬く約束させ、
その条件で二人を引き合わせるようになる。



+  +  +



それでも子供は出来なかった



体温を測り、フェルカドの卵巣から排卵が行われぬことを確認すると
注射を打ち、食事にも薬品を混ぜ込んだ。

もう死にたい、と言うポーラに
女は再度何もかも元通りにすると約束した。
そして、片方が死ねば、その体組織は勿論死ぬ、
体を元通りにしてあげることは出来なくなる、
だから相手の為にも自分の為にも、悲観的になってはいけないと言った。



+  +  +



ある時女が何の気なしに


いびつで気持ちが悪い


とフェルカドの膨らみかけの胸を笑った。
フェルカドは唖然としほとんど脳が直接掴まれたような、衝撃を受けた。
次の瞬間、口からは 貴女の心には神はいないのか と言う言葉が漏れた。
女は笑ってその実験をしているのだと言うようなことを言った。


+  +  +


いつまでも子供の出来ない二人の体を
女は様々な若者の肉体と入れ替えた。
いつのまにか、二人が二人として40年以上生きてきたそのものの体は首から上だけになっていた。
それでもそれはポーラとフェルカドであった。
女は人が魂と呼ぶもの、唯一自分を自分とするものは
脳のほかには無いということがわかってよかった、と言った。



+  +  +






そして子供が出来た。





フェルカドの部屋は地下牢からいつかこの家に招かれた時に見た 明るい窓の傍へ移された。
女の連れてきた黄色い髪の少女が身の回りの世話をした。
少女は無反応の大男とは違い、会話もすれば、とても親切で、
この状況と、フェルカドに対する怯えと労わりが伝わるようだった。
全て、物事に対して無反応になっていたフェルカドが人らしい反応を取り戻すことは無かったが
それでも優しさは、フェルカドを少しずつ安寧の道に導いた。



+  +  +



12ヵ月後、赤ん坊が生まれた。





フェルカドの容態が安定すると、目が覚めたとき、女も、少女も、赤ん坊もいなかった。


フェルカドは泣いた。大声を上げ泣いた。
良くは解らないが、悲しくてたまらなかった。
どこかでとても、それが好ましいことのように感じた。






二度と彼女らが姿を現すことは無かった。


フェルカドは家の中から鍵を探し出し、ポーラを牢の外に出した。

扉を開けると、沼が広がり、船は無かった。
巨大な鯰のようなものが沼を波立て走っている
試しに沼の中に物を投げ込むと、何百もの鯰がけたたましくしぶきを上げ、それに喰らいつく。

二人は途方にくれていた
ただ静かに、肩を並べて窓辺の椅子に座った。
そして二人きりで、静まり返った湖面を眺めていた。