禁忌の森、嵐の海、古代の墓、
人を拒むものもの。
ものものの怒りに触れながら生き残る者、もしくは選ばれ、怒りに触れない者
人はそれらを目の当たりにすると、
神の愛、奇跡、幸運、そういった言葉を使い賛嘆する。



しかし神の愛こそは、賢者の判断をすら鈍らせる。
ドーラ・シーラはそれをよく知っている。
神ではなくても、奇跡を与えうる。人が。悪人でさえ。
俗な言葉にし”演出”
演出、演技、それこそが、いかに人の世界を蹂躙するか、シーラには理解できた。







+ + +







ドーラ・シーラは特別な人間ではない。
並外れた知能がある訳でも、千年に一人の身体能力がある訳でもない。
いくらか固体として優れてはいただろうが、それも常識的な範囲である。
だが彼女は壮大な物語をいくつも終わらせてきた。

彼女はただそう思って来た
人を殺すには、親しくなればよいのだと。
例えば寝首をかけば良い、例えば毒を盛ればいい、
例えば危険な場所へ誘い出せばいい、例えば少し足を引っ張ればいい
例えば親しきもの同士に争わせればいい、例えば…
人と人との『親しさ』は、『殺し』のひとつ手前のカードなのだ。
親しさの先にあるのはいついかなる時も『殺す』ということだ。
状況が変異しなければ、親しさのカードを切る必要は、ないのかもしれない。
だが飽きっぽい彼女は、常に新しいもの、より良いものを求め、積極的にカードを切る。
その繰り返しこそ、シーラにとっての交友及び――社会性だ。





鳥の風切羽を抜くことは、共に過ごす誓い、愛とも言える当然の行使だった。


シーラにとってヒトはそうだ。
己に牙を剥くことがあってはいけない。
私と彼とは、ヒトとトリ
シーラは人間が好きだ。愛している。
ただ、鳥のさえずりの意味は、それ程理解は出来ない。
美しく、立派なもので、愛すべきものだとは、解るのだが
それは、
トリの言葉を、ヒトの経験で想像することなのだ。




シーラはこう考えただろうか?




――――種の存続と繁栄こそ、生物に備わる全うな願いなのだわ。







 +  +  +



ドーラ・シーラはこの間の、くりぬいたガラスの枠を持ち運んでいる。
円形に頭を通し肩で枠を支え、エリマキトカゲの様な姿でよたよたと足場の悪い森を歩いていく。
うっかり転げて首を落としてしまわないかしら、等とやや不安気な表情を浮かべながらも、
一定のリズムで歩みを進める。
鬱蒼とした森。
空の白みが見えず、今が夜なのか昼なのかも良く解らない。
シーラは朝になったらどこかで眠りたいと思ったが、
森が余りに暗く、活動を休める気にならないのだった。



…
更に5km程歩いた所で、シーラは重たげに窓枠を降ろし
香で虫を払って木のうろに潜り込んだ。
湿った暗闇に包まれながら、馴れた手つきでこの間とまったく同じ手順を繰り返す。
加えて、円の前後にレンズのようなものを取り付けた。
そして呪文を紡ぎながら、手をかざし、
波がひょうたんのくびれのようになっている場所、円の中心に向かって
なにか石のかけらのようなものを投げ込んだ。それが炸裂する。
どうやらそれは小型の爆弾だったようで、一定の方向に風を散らす。
破裂の衝撃、波と波がぶつかり、又、力が這う様に木を切り裂き登っていく。
目でも耳でもとらえられない、不安定な状態にになった世界の揺らめきの中に
シーラは空いた方の手をかざし
何か空間としかよべない 平常自分達の吸っているものとは構成の異なった
空気の塊のような作り出す
凪の空間は波を受け入れず、ただ表面的にそれを拒絶する。
表面は影響を受けぬままにだんだんと波に寄せられ、
閉じようとするアンジニティの壁に圧迫され、容積の分を保ち変形する。
シーラはすぐさま両手を引く。
強く力を鳴らしながら、ガラスの円は塞がっていく。
蓋を閉じられ、一瞬のうちに逃げ場を失ったまま凪の空間は圧力を加えられ続ける。
閉じられた世界の狭間を空間が駆け巡る――
そして、10秒と経たない内にその状態が安定する。
シーラは再び、ガラスの円を開く。




既に空間はシーラの感知出来ぬほどの細やかさになっているが、
確かにそこにあるらしい。糸のように、世界間を走っている。




「どこかへつながったのだわ!」






シーラが手を叩く。





「…でも、これじゃ脱出なんてとても無理ね」





シーラは細心の手つきで極細の線を外形を保ったまま変質させる。
微量な魔法の信号がつ、と伝う。




「二進数、くらいなら…」





とにかくアンジニティの外へ、扉を繋げる事は成功したらしいが
繋がった先が一体何処なのか、線が何にたどり着いたのかすら解らない。
情報が欲しい――シーラは先の世界から、集められるだけの魔力の信号を呼び込むように指令を送った




「……」







「感度の良い魔力の波の受信機…の、脆弱性を突けこんだのかしら?」












「…言語…?
私が見たことのない文書…いえ、記号?」










シーラにはそれが複雑な魔術の式に見えた。
故に、親しみ深い物として、シーラはパズルを解くように、それらを解析していく。












「プロテクト…」











何かの受信機の中に溶け込めはしたものの、
その大元の作り、指令を送る部分などの情報を読み取ろうとすると
次々と溢れてくる式にさえぎられ、上手く行かない。
試しに己の情報を送っても、どうともならない。
暫くその周囲を右往左往していたが、ふと気づく――
自分が今覗こうとしているのは、大元の大元、マスターの部分だ。
その隣に、マスター部分と繋がりながら、ほぼ空っぽの魔術式のようなものがある。
両方とも受信機ながら、これは親機と子機のような関係に見える。
それが何なのかは解らないが、より単純そうなその『子機』の式の写しをアンジニティに展開し、弄ぶ。




「情…報、が詰め込まれてるのね?いえ…かしら?
…。見れないわ。プロテクトが凄い…
でもこっち…には、情報がない。
これは、同じような情報の箱を作るための予定地…かしら?」





シーラは寝そべって式を眺め、うーん、と頭をひねる。





「わかんない!」





「ええーいやっちゃえ!
なんだってやってみるものよ!失敗は成功のお母さんだもの!私しーらないっ」





「まずは、どうにかして親から子の伝達路を立たないと
完全に切る方法なんかはわかんないから、少し妨害するような、
ダミーの式をいくつか作る程度でいいかしら?」







「それから…どの式にも必ずといって良いほど出てくるこの言葉。何か意味があるのかしら…?
まさかプロテクトを解くマスターパスワード?
いえこんな金庫の目の前に鍵を置くなんてことないと思うけど、
まあ試しに…書き込んでみましょう!」







ジジ、


ジ、


ジジジ、


…

…








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