私は泣いている。




―――救ってやれない









冷たい石の床に
ガラクタが、転がっていた。
ガラクタは、もがいている。立ち上がろうとしている。
ぎい…ぎい…
試行錯誤し、間接部を床に立て付け、力を込めているが 無様な音を立てるばかりだ。
それは、生物とも機械ともつかない、否、丁度そのあいの子の様ななにかだった。
内臓が脈打ち、血管を伝い、機械の動力となるものが送られている。
その塊には、一つの頭と四つの手足がついている。有体に言えば人型をしている。
部位は剥き出し…とても見られたものではなく、つくりかけ、あるいは欠陥品、のようであった。



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男は15で家を出た。
まだ少年の頃からその瞳には強く意思が宿り、
魔物の討伐をするため戦士となって 討伐協会にその身を預けた。
褐色の肌に野生の獣が持つ美しさを孕んだ男だった。

…
彼は、いつものように協会からの依頼を眺めていた。
大きな掲示板に、様々な依頼書がはりだされている。
彼と同じように依頼書を眺める幾人かの冒険者達の中に、その女がいた。
梳かしていないぐしゃぐしゃの頭、皺だらけの服、片手でスープを飲みながら
もう片方の手に――五本の指の内三本を”しおり”にして――本を持っていた。
女は見るからに、研究者・学者の類であった。



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巨大な蟹の怪物の依頼。
彼は、同じように依頼を選んだ者と共闘する手筈だった。
待ち合わせの場所に行くとそこには既に4人の男女がいた。
その中に彼女がいた。

海岸への道すがら、馬車に揺られて彼と彼女とは会話をした。



彼女は研究者らしく博学で 機知に富み
そして…野の花の様にささやかな、無邪気な女だった。


初夏の生気に満ちた空気の中

言葉は紡がれ、糸の様に、緩やかに、手繰り寄せる様に恋になった。



+++++



恋をしたということが、どういうことだったか、彼と彼女においてそれは
互いを見詰める時間が増したと言う事だった。

 
彼は 彼女の無作法ともいえる無邪気さや 女性特有のとりとめのなさを愛した。
彼女の思索の深さや 科学的な想像力を尊敬した。
彼は彼女の愛嬌を良く知った。
……
…

彼は
彼女が度々獣の死体を引き摺っているのを見た。それももう食べられそうもない、
埋まっていたものを掘り起こしたようなひどい状態の死体を。
彼は驚いて、何をしているのかとうた。
彼女はこれを実験に使うのだといった。
彼は死者を冒涜する行為は良くない、と言った。





「ぼうとく?」




彼女は言った。彼女は博学だ。その言葉も、その言葉の意味も知らない筈も無いのに―
この時はじめて、彼は彼女が”うそつき”であることに気がついた。






  彼女の奥に広がるものの影 に






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あまりにも唐突な出来事だった。
何の脈絡も無く、彼は、彼女によって監禁された。
彼は、何が起こったのか理解できなかった。
ただ、目が覚めてみると、そこには排泄用の穴と大量の食料があった。
…
考える時間はたっぷりあった。
自分は彼女に何かしただろうか?
何故自分を閉じ込めたのだろうか?
彼の内に湧き起こったのは、怒りや怖れではなく、混乱だった。際限なく湧き出る泡のような、
途方に暮れる混乱。
彼は大人しく、彼女の帰りを待った。
彼は曲がりなりにも彼女の恋人だったから。好き、というよりは、信頼していたのだ。



+++++



一週間程して、彼が目覚めてからはじめて彼女が牢に下りて来た。
あれやこれや結論をだしたはずだのに、いざ、当人を前にすると、何から言えばよいのか、頭が冴えない。
うろたえる彼に、彼女は普段と変わらぬ調子で 片手に持った本を、指のしおりで押し広げ、突きつけた。

それは何か…設計図のように見えた。

それから彼女が発した言葉は
虫食い――あるいは、この檻のように
しましま に切り取られ
彼の頭はその言葉を
受け入れることが出来なかった。



疲れ知らずの兵士を作りたい、というのは、人類の一つの命題よね!
これって、その設計図。やっとできたの、私もやってみたのよ
それでね…ここの部分、とここの部分、それにここ…と…ここ…ね、この各器官に司令を送るのは、
やはり脳が必要だし、あとここ…とか、まあ、ヒトが要るの、けど、いちから人間を創るなんて、
それこそ命題のひとつでしょう?うふふ、きっと赤ん坊を産んでこのために育てた方が早いくらい!
だけどさらってきた人間を無理矢理使って、意識レベルが強かったら、兵器になったあと私の手に
負えなくなるかもしれない
だから、ねえ、あなたは私のこと好きになってくれたのでしょ?だったらきっと、ひどいことしないでね。
ここにあなたの――を使うわ。
全体的に、バラバラにして、間接部を魔導具で繋ぐようなかんじかしら?腸は捨てるわね。
もうあなた排泄しなくてよいのだわ。羨ましい!顔は特に要らない機能だから――






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(…

ゆらゆらと、ランプの火がゆれている。
今日も彼女は檻の前に備え付けられた机に向かっている。
自分の言葉は言い尽くした。
抗議の言葉を送ると、彼女は困ったように笑って 
ただ「ごめんなさい」と言い返すばかりで 私は 何か居たたまれない気分になる。
脱出の手立ては無いように思えた。)


…


(今日も彼女が料理を運んでくる。幸福な恋人がそうするように、私の食事姿をじっと見ている。)



(――ああ そうか)




「そんなに見なくても、全部ちゃんと食べるよ。…料理は苦手だったね、無理をしなくていいんだよ
薬の類は…別に渡してくれれば、ちゃんと飲むから」

「それに料理なら、自分でつくらなくても 食堂かどこかで買ってきて…混ぜればいいのに」



彼女が哀しげに眉をひそめ 笑う。 



「私ったらどじね」



(…
脱出を試みる気も 彼女を説得する気もおきない
きっと無気力の原因はそれだった。はなから私の食事には 何か…鎮静剤のようなものが
入れられていたのだ けれど解ったところで)




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私は泣いている。 







ある朝 目が覚めたら 体が動かなかった。 
上半身を起こそうとすると ギィ と重たい音がしてそれ以上体が少しも上がらなかった。 
四肢もそうだ。思うように動かない。右手を動かそうとしたら、左足の方向で音がした。
それでも無理矢理腕を振り上げようとすると、左足のつま先から50cm程のところがひどい音をたて、もげた。

鼓動の音が鋼に伝わる。
体中が舌になって、体中が血の味を感じているみたいだった。



ああ。 
私が転がっている。 









奇塊と成り果てた私に、彼女が優しく語りかける。





「大丈夫よ。落ち込まないで。なんだって、最初からうまくいくことなんて稀じゃあないっ?」








ドーラ・シーラが私に興味を示したのは、それが最後となった。




―――神、もしくは 可愛いシーラ。
   私達が恋人であったなら
   なぜ、私に貴女を救わせてはくれないのか
   それが何より辛かった
   自分の無力さと 少しの余地も与えられなかった事の成り行き、そして救いを求めぬ貴女を呪う。












                                    −シーラの初恋について−