まあ!

とっても素敵。いきものが、より良く生きるために、競争する事の美しいことといったらないわ!

けれど人間同士での争いなど、井戸の中のかえるのお相撲なのだわ。

いつまでもかえるではいられないことよ。
いつまでも、水などないの。

そういうことを教える、少しのお手伝いをするのよ。

いいえ、私じゃあないわ、それを理解するのは、あなたたち。
とても賢い、愛すべき、人間だもの、すぐにわかるでしょう?





遺跡の一角に洞が開けられ
道は戦士者を貯めた穴倉に続く
魔法のくすりと歌うような、楽しげな呪文
次々と
次々と
不定形の魔物、粘体質の魔物が遺跡に流れ込んでいく。

魔物の揺れにあわせ、魔女は楽しげに身体を振る。
そして、ひそやかに、噂を

『とても大きな魔物の群れが、古代の遺跡に潜んでいるらしいって―本当?』



こしょこしょ
こしょ。


+  +  +


シーラにとって、人間はいつでも複数形であった。
否、人間を含む、全ての生物がそうであった。
彼女は人間を愛しているとは言うものの、個人として、人間と関わった記憶が無い。

あの時。
彼女が作り上げた古代の遺跡を利用した魔物の巣に 各地の傭兵が集められ
その中に ダーシャがいた事を 彼女は気にも留めなかった。

彼女はきっと、解りもしない。
あのたくさんの傭兵の内のひとりが
忌み子であった事や
母を殺した事や
自分自身と恩人に誓った事や
愛する女性を見つけた事や
暗闇に喘ぎながらなんとか走りぬけた先に
子供をもうけた事などは
女王アリと働きアリのもつ器官の違いよりも小さな差だと見なしている。

形質ではない生き物達の個性―人生というものを捉えずに、
『人類を愛する』ということは ただ
大脳の発達したいきものが好きだという 幼稚な理由のように思える。
だからこそドーラ・シーラは人間の心をついばみ
残骸にまみれて暖を取ることを 好んだ。


+  +  +




「これでよし、っと…」
 


排水溝、打ち捨てられた廃屋、光の届かない路地裏、暗い穴
人目を忍んで、魔導具や、魔方陣を設置されている。
シーラはダーシャを追ってアンジニティに来、降り立った地点から
一定間隔で まるで足あとのようにこれらの痕跡を残してきた。

それは道標の意味もあったし、いつ、どこで、人と戦わせる必要ができても
困らないように、という彼女にとって当然の研究の延長でもあった。


(結構お時間つかっちゃったわ!)
 



長くしゃがみこんでいた為か、立ち上がろうとすると
足首が言う事を聞かず、シーラはよろけ、しりもちをついてしまった。
しりをついてみると、アンジニティの地面もなかなか優しく思える。
草、土、熱を皮膚で感じると、世界がそう、悪くは感じられなかった。

シーラはそのままの地面に身を預け、少しぼんやりすることにした。









自分の書き上げた魔方陣を見て、うまくできたな、とかまちがえてないかな、と考える。
そのシーラに、不意に話しかけるものがいた。











       「お姉さん、何してるの?」



振り返るとそこには少年がいた。
8歳かそこらの、前歯の欠けた小汚い格好の少年だった。



「え?えっと、何かしら?うふふっ」
 


     「地面に何か書いていたでしょ?」


「おえかき…」
 


     「落書きしちゃ、いけないんだよ」


「ここ、描いちゃだめだったかしら?」
 


     「こーきょーぶつに落書きしたらおこられるよ。罰金だよ」

「困ったわあ。いくら?私、お金持ってないの…」
 


     「じゃあ、自警団にいいつけてやる」


「や、やめてー!見逃して!おねがい、ねっ?」
 


     「だめだよ」



「ね、自警団に払うお金は持ってないけど…」

「あなたにあげる賄賂ならあるわ」
 


     「わいろ?」


「うん、そうよ。ねえ、あなた、あなたより目上の人って、たくさんのものを持っているでしょう?
どうしてあなたより、あなたより偉い人が豊なのか、それは
賢いものがより多くの利益をえられるということなのよ。
それって当たりまえみたいじゃあない?だから」
 

「あなたが賢くなるの。」
 


     「かしこく」


「自分で取引するの」
 


     「とりひき?」


「そうよ。お願い事を交換するの。私はひとつだけ、あなたのお願い事をかなえる。
あなたもひとつだけ、私のお願い事をかなえる」
 


     「……」


「それって何でもいいのよ!お菓子でも、玩具でも、お金もどうにかするわ、
嫌いな人間の不幸だとか、好きな子と結ばれたいとか、何でも良いわ!」
 


     「へぇー!あっはは、それじゃ、お姉さん、おっぱいみせな」


「おっぱい?」
 


     「そ、おっぱい。見せられんのか、どうなんだよ」


「いいわ!おやすい御用よ。それで、私のお願いだけれど」
 

      「うん、落書きの事、だまっておいてやるよ」


「いいえ、ちがうわ、私のお願い―」
 





「めだま頂戴?」
 






      「え?」









言うや否や、シーラの左手がふくれ上がり、けだもののような毛―羽毛がはえ揃う。
巨大化した掌が覆うように少年の頭を握りこむと、人の形をしたままの右手の指がみっつ、
する、と眼孔に滑り込んだ。
あ―――――――― と力無い悲鳴が辺りに響く。
絶叫というほど激しくもなく、ゆるやかに、抗えず、腹を下すときのような、悲愴な長い声が続く。
程なくしてその声は跳ねるようになり、途切れがちになり、ガ、ガ、と詰りを吐き出すようなものへ変わり、消えた。

少年の顔から、両の目をくりぬきおえたシーラは、それを丁寧に瓶にうつす。
瓶の中は柔らかい粘体の液に満たされており、転がした目玉はゆっくり、ゆっくり瓶底へ沈んでいった。
不精に血をスカートで拭ってから、シーラは襟元をぐい、とひっぱった。

「私約束したから、見せちゃうわね!うふふ、ごめんなさい、あんまりきれいなものじゃ、ないけれど」
 







(だってだって、私のあのコカトリス、偏食家で、ヒトのめだましか食べないんだもの!
子育てってきっと大変なのね。好き嫌いなく食べてくれればいいのに。)