いかにすばらしいものでも、滅びなければならないときがある。




土を盛り上げ、巨大な蜘蛛のような黒い塊が、
逃げる、あるいは、立ち向かう人々を捕食している。
時にその体を割かれ、中から、大量の赤ん坊と食い尽くした死骸を吐き出す。
魔物。
人を食らうもの。魔力のあるもの。人類にあだなすもの。

魔物が…村を襲っている。
人類と魔物はこうして、絶え間なく衝突を繰り返してきた。
そして今日の衝突において、村は、壊滅したのだ。


その日、その村に訪れた魔物の群れは、賢すぎた。
人間の張った罠を壊し、風上に火を放ち、人質をとり、
呪文を唱え、結界を破り、集団でひとつずつ区域を潰していった。それに―

焦土となった村に、女が立っている。
数日前、村を訪れた旅の魔女だった。
彼女は村人と親しくなり、好意に甘え、宿を取らずに民家で持成されていた。

彼女はお礼に、と
自分の持ち物から、お菓子やお茶を村人に差し出した。
今日、それを口にした者達が、腹から魔物に食い破られ、死んだ。


魔女は、数日前と変わらず、ものめずらしげに村を散歩する。
そうして、項垂れる青年を見つけ、親しげに歩み寄るのだ。


「私、ようく解るわ。貴方がどんなにかこの村に希望を与えてきたのか。
人々を導いてきたのか。武勇で魔物を蹴散らし、知恵で仲間を救い…ねえ、英雄さん。」
 

「でも法則なのよ、ねえ。実験も料理も、レシピ通りってとても大事なの。
あ、私、お料理できないのだけれど。だあって難しいじゃない、あのね、玉ねぎ切れないの。
どうしても上手な人が切るみたいに、薄くきれなくって。
きっているときは上手くいっている気がするのよ?だからやりなおさないわ、
そもそもそんなに玉ねぎたくさん切ったって、たべっこないでしょ?
でも歯ざわりがちがうのよね、あ、でもね、玉ねぎねのこったら、それはそれで使い道あるのよ!
あなた知ってる?あの、
(口をイーーッとひっぱり、両の手を額に当て触覚のように動かす。)
嫌なムシって玉ねぎの香りが好きなんですって。あれの生命力はおくすりになるのよ、
なんでも使い道があるものねえ!」
 

「…
…まあ!違うわよね、お料理の話じゃないわよねえ。
そう、つまりね。
この村の人口を2割に減らすって言うことは、もう仕方ないのよ。
そのとおりにしないと…
という言い方は、何だか暗いでしょ?
うふふ、そのとおりにするとね!
よりすばらしく、なれるのよ!」
 


ふと、目の端、瓦礫の中に人の足が見えた。
女性の足。殺しながらも、息をしているのが解った。
いつくしむように、シーラは目を細める。

(ああ、あの靴!彼女私をおうちに泊めてくれた方だわ。無事だったのね、よかった。)


「悪い事ばかりじゃないわ、あなたがたいままでいつ訪れるか解らない
厄災に怯えてきたのでしょ?今日からはそうでないわ!
望むならあなたがたが恐れてきた、ゴブリンの巣もおかたづけしちゃうわ!
本当はあなたがたが滅ぼしてもよかったのよ、その為に設置したのだから。
けれど敵わなかったから…少しテコ入れというの?
力を加えることにしたわ。いいえ、あなたがたは、とてもすばらしい民族よ。
私とっても、素敵だと思うの!」
 


5秒程の沈黙。
微笑んでいたシーラの表情が、真剣なものに変わる。


「私、思うわ。個体の才能は、種の域を超越しないって。
それが起こる時、人はそれを突然変異とよぶのだわ。
あなたは英雄、でも人間は人間。鳥は鳥だし、嫌な虫は嫌な虫。
変異して欲しかったのに。
いつまでも停滞して、安息を得ようとしたから、この村滅びるのよ。
でも英雄さん、あまりにつらいことがあると、人は時に成長をやめて、死に向かうわ。
私そんなのは悲しいの。とってもいやだわ。
私あなたたちが好きよ。大好きなのよ。
ね、だから貴方は生きても良いと思うわ。
皆を導いて。再び立ち上がって。
でも人口は二割に減らすの。」
 

「だから、ね?」
 


シーラは指差す。
瓦礫に潜んだ女性の足を。
彼女からこちらがどのように見えているのかは解らないが、
遅かったと解っていても彼女はその足を引っ込め、隠れようとする。
シーラは舌をもつれさした。説明がわずらわしい様子である。


「どっちでもいいのだわ、あなたでも、あなたの代わりに彼女でも」
 


女性を差していた指先を、ふらっと動かし
ど・ち・ら・に・し・よ・う・か・な という風に青年と女性の間を交互に振る。
そして青年に剣を握らす―
最後の選択、
彼は、剣を握り、そのままシーラに斬りかかった。
もっとも勇敢で、正しく、希望のある、選択、心を掌握されていない人間の、当然の選択をとった。
青年はシーラめがけて剣を突き刺す。息んだ筋肉、風の鳴く音。
金属の擦れる音を立て、剣がシーラを逸れる。

シーラの騎士、ダーシャ。彼が、その身を投げ込むように二人の間に割って入ったのだ。

納まりの聞かない剣。闘志が瞳に燃え盛る。
力任せに払われた剣を突き刺す―考える間もなく、ダーシャはその抜き身の剣で青年の額を割った。
… 死んでいく。
一瞬、驚いた人間がそうするような滑稽な静止があった。彼は走馬燈を見ているのかもしれない。
そして血を噴出し、えも言われぬむなしい響でもって、崩れ落ちた。



「うふふ!ダーシャ、素敵よ!」
 

騎士として、喜ぶべき、主人の賞賛の言葉。耳に入っていないかのように、ダーシャは顔色を変えない。
どろんがらん、と音を立て瓦礫を押しのけ女性とその腕に抱いた子供が逃げて行く。
腰が抜けたのだろうか、足を怪我したろうか、這いずるように、少しずつその場を離れようとする。


「ね、ダーシャ。私のそばを離れてはダメよ、あなたが守ってくれないと、私殺されてしまうから!」
 

「…。……ああ。解っている。ドーラ・シーラ」
 

シーラはしゃがみこみ、青年の頭を自分のお腹に押し当てる。
幸せな少女がそうするように、死んでしまったのねと小さく耳に囁きかけた。
そしてダーシャを見上げ、鎧の端を指で引っ張る。


「何をしているの?あの子供、逃げちゃうわ。早く行っておいで?」
 


ダーシャはぎょっとしたように、シーラを見下ろす。
数秒二人は沈黙して見詰めあった、後、シーラはきょとんとした顔で言った。


「あら!だって助けるのは一人だもの、子供は勘定に入っていないでしょう?」
 

その顔にも、声にも、悪意は感じられない。
まるで『火曜日の次は水曜日でしょう?』というような、
『それ』を、不思議に思うことを不思議がっている。


ダーシャが子供に向き直る。
身を寄せ抱き合う母子。遠目にも解る体の振え。
人間を本能的に硬直させるその、姿


「ダーシャ?」
 

「どうしたの?」
 


シーラの手が、無抵抗のダーシャの素肌に滑り込む。




こ


ろ


し


な


さ


い

。